中庸         元田東野作          

               ゆうりょく  だんじ  ゆうりょく たお
勇力男児斃勇力     勇力の男児は勇力に斃れ
               ぶんめい  さいし   ぶんめい よ
文明才子酔文明     文明の才子は文明に酔う
               きみ  すす  すべか ちゅうよう えら ゆ
勘君須択中庸去     君に勧む須らく中庸を択び去くべし
               てんか  ばんき   いっせい  き
天下萬機歸一誠     天下の万機は一誠に帰す


【作者】 元田東野(1818〜1891)
幕末・明治の漢学者。肥後熊本城下に生まれた。十歳にして漢籍を村井次郎作に学び、翌年、藩校時習館に入った。1837年二十歳で時習館居寮生となり、当時塾長をしていた横井小楠に師事した。元冶元年、第一次長州征伐に参加し戦功を立てた。のち熊本藩の侍講となった。明治四年、宮内省に出仕して侍講・皇后宮御用係から宮中顧問官・枢密顧問官などに累進した。このとき教育勅語の草案にもあずかった。又帝国憲法・皇室典範の成案にも参加した。明治天皇の側近として奉仕すること二十年。明治二十四年、特命をもって男爵を授けられ、一月二十二日病没。享年七十四歳。

【解説】 中正不偏の中庸の道を実践すべきことを述べたもの。製作の年次は不明であるが、明治中期の欧化主義が盛んであったころの作といわれる。

【通訳】 勇気をたのみ、腕力をほこるものは、結局は粗暴と無分別によって身を亡ぼしてしまうものであり、ただ文明にあこがれる才子は、文明に心酔するあまり、わが国固有の美点長所をわすれて無節操軽薄な人物になりかねない。そこで、君にぜひ勧めたいことは、常に不偏中正の道をえらび、これに則した考えをもち、行動をとることである。「中庸」にあるごとく、天下のあらゆることが起こる微妙な点は、すべてただ一つの誠によるものであるから、それを失わないようにしなければならない。